[エンターテインメント業界]夫婦二人三脚で起業
2015/07/17
| ペンネーム | momota さん |
|---|---|
| 性別 | 男性 |
| 年齢 | 30代 |
| 最終学歴 | 慶應義塾大学 |
| 退職した時期 | 1997/2/1 |
| 現在の状況 | 自営小売業 |
| 退職した会社または業種 | エンターテインメント業界(興行) |
| 退職前の年収 | 480万円 |
| その業界への就職 | どちらでもない |
| 退職した理由 | 人間関係の悩み |
PC用アドセンス
働いていた職場での仕事・環境について教えてください
大卒でエンターテインメント関係の大手企業に就職、長いことエンターテインメントの現場で仕事をしていました。
30代で退職したのですが、その半年ほど前に異動になり、新しい現場での仕事についたばかりでした。
その前の職場での仕事はそこそこ楽しく、充実していたといえなくもありません。そこでは宣伝の仕事を担当していましたから、対外的なつきあいも多く、華やかな職種だったといっていいでしょう。
現場勤務ですから、勤務時間はまちまちで、時には夜遅くまで仕事をすることもありました。一時は、残業が多くなりすぎて、それが問題になったこともあります。しかし、望んで入った会社ですし、好きな仕事でしたので、それほど苦には感じませんでした。
それが、社内異動で別の現場に移り、環境が変わったのです。仕事は宣伝から管理的な職種に変わりました。そのため、メンバーをマネジメントする仕事が増え、それが精神的に大きな負担になりました。
勤務時間や給料などは、前とあまりかわりません。しかし、人間関係の負担に耐え切れなくなり、異動後、半年ほどで退職しました。
退職してよかったと思いますか?
辞めてよかった
その理由を教えてください
人間関係に耐え切れずにやめたので、当初は何の展望もありませんでした。失業保険で食いつなぎながら、転職を考えるという日々を過ごしていました。そのうち「組織に勤めれば、また同じような問題に直面するかもしれない。それよりいっそ、自営業に転身したほうが良いのではないか」と考えるようになったのです。
結婚していましたが子供はいませんでしたので、その点身軽だったということができるでしょう。妻に相談したところ、意外にすんなり同意してくれました。
そこから、夫婦二人三脚での起業計画がスタートしたのです。国民金融公庫から借金して、小さな小売店を開くことができました。当初はずいぶん苦労しましたが、なんとか店を続けることができています。
夫婦だけでやっている店ですので、従業員との人間関係の悩みは発生しようがありません。また、お客さんとの関係も、「店を守る」という意識が強いので、苦にはなりません。転職してよかったと、迷わず言えます。
退職・転職活動のエピソード
「とにかく、ここから逃げ出したい」という一心で、会社をやめました。ですから、「これから自分はどうなってしまうのだろう」という不安でいっぱいでした。妻が支えてくれたので、その危機を乗り越えられたといっていいでしょう。また、起業する時にお世話になった国民金融公庫にも大感謝しています。
借入申し込みをしたあと、面接があり、二人の担当者からかなり細かい質問をされたことを、今でもよく覚えています。会社に就職するときよりも、緊張しました。しかし、「なにがなんでも融資してもらわねば」という強い思いがあったので、なんとかそれも乗り切れました。
これからの展望
自営業ですから、心身ともに健康であれば、いつまででも仕事はできます。とにかく、健康第一で、少しでも長く店を続けていきたいと思いますが、ある程度のところで、リタイアも考えなくてはいけなくなるのでしょう。
ただ、今はまだ、リタイアは視野に入っていません。
PC用アドセンス
PC用アドセンス
関連記事
-
-
[賃貸マンションの提案営業]成約金額が数千万~数億円
大学卒業後17年強勤めました。賃貸マンションの提案営業で不動産所有者に対して飛込み営業を行ったり、不動産業者や金融機関からの情報を得たりしながら見込み客を探します。見込み客が現れればその場所に応じた建 …
-
-
[製造業]独立してラーメン店を開業するために修行中
退職した会社での仕事は、製造業でライン作業をしていました。内容的には、樹脂を溶かしてフィルムに貼る仕事です。 ライン作業なのできっちりと機械のように同じ動きの繰り返しを毎日続けていました。しかも、24 …
-
-
[プラチスック部品メーカー]仕事にやりがいを感じれず退職
営業マンとして自社で作るプラスチック部品を売り込んでいました。最終製品ではないためになかなか売り込みをするのも難しく、文系の人間ではありますが必死に勉強をしてプラスチックについての特性や使われ方などを …
-
-
[エンジンパーツの製造]仕事量の減少による解雇予告
自動車等のエンジンパーツの製品加工の作業員として、工場勤務をしていました。 現在の社会で、よく見かける輸送車両等の部品ではない部品加工の作業でした。作業環境は、一流と言われる企業ではなく、零細企業とし …
-
-
[社会福祉関係]個人事業主として独立しました
社会福祉関係の仕事をしていました。職としてのやりがいはありましたが、職場環境や賃金等に不満があり、入社当初から3年くらい働いたら転職をしようと考えていました。 勤務時間は9時~18時が基本ですが、22 …
-
-
[婚活アドバイザー]常に仕事の焦りとプレッシャーを感じた
本社ではなく、支社だったので、その地方全体を統括する立場でした。統括するといっても、その地方で1人の社員だったので細かい作業から大掛かりなイベント、パート・アルバイトのことなど、全てのその地方の業務を …
-
-
[コンビニ店長]アルバイト確保が難しく休みが全然取れない
コンビニで働くことはとにかく休みが確保出来ません。朝から晩まで毎日働かされている感覚でした。アルバイトの確保がだんだん難しくなってきており、長期連休では平気でみんな休みを取ってしまいます。何よりお店が …
-
-
[銀行事務]給料はあがらず、いじめもあった
退職した会社は地方銀行です。銀行の本店でデータ入力の仕事をしていました。融資先の企業から貰って来た決算書を入力して融資先の経営状況を判断したりするためです。判断して良好という事になれば、さらに追加融資 …
-
-
[病院の受付]体調があまり良くなかった、結婚がきまっていた
勤務時間は、朝8時15分から17時15分の8時間勤務でした。 仕事内容としては、総合病院の外来クラークとして、内科の受付を担当していました。内科に受診される患者さんの受付から、カルテ準備、呼び出し、案 …
-
-
[私立大学教授]生徒の親や就職先からのクレームが多すぎる
私立大学で国語学を教えていました。 毎年担任をし、校務分掌では入試や就職といった外周りの多い部署にいました。担任だと真夜中まで事実上仕事が続き、就職の外周りでは土曜日も出ました。しかも、超過勤務時間の …