[賃貸マンションの提案営業]成約金額が数千万~数億円
2015/07/13
ペンネーム | Zakk さん |
---|---|
性別 | 男性 |
年齢 | 40代 |
最終学歴 | 兵庫県立大学卒 |
退職した時期 | 2004/7/1 |
現在の状況 | 教育機関での学生への就職支援業務 |
退職した会社または業種 | 建築会社での営業 |
退職前の年収 | 500万円強 |
その業界への就職 | やめたほうがよい |
退職した理由 | 関連会社への強制的な出向を受けて将来に不安を感じて退職しました |
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働いていた職場での仕事・環境について教えてください
大学卒業後17年強勤めました。賃貸マンションの提案営業で不動産所有者に対して飛込み営業を行ったり、不動産業者や金融機関からの情報を得たりしながら見込み客を探します。見込み客が現れればその場所に応じた建築プランや節税効果をアピールした提案書を作成し営業を展開します。
大手の会社だったので比較的情報は得易かったと思いますが、それでも競合他社は多く毎月成約につなげることはほぼ不可能でした。主な活動時間帯が夕方以降になるので退社時間も遅くなりがちでしたし、また世間の休日中にイベントを行うことも多かったので休みは少なかったように思います。
ただ成約金額が数千万~数億円になることと、営業の成果が建築物として残るので、やりがいという面では今まで経験した仕事の中では一番大きいと思います。
退職してよかったと思いますか?
どちらでもない
その理由を教えてください
退職して良かった面と悪かった面が混在している現状だからです。
仕事内容的には就職以来「本当にこれがやりたい仕事なのだろうか」とずっと自問自答しながら続けていたので、辞めた後にそうした葛藤やノルマに対するプレッシャーから解放されたことは良かったと思います。その後はノルマのきつくない仕事に就いて来ましたし、時間的にもゆとりを持って出来るので楽しく仕事が出来ています。
その反面給与的には転職後だんだん下がっているので、あのまま続けていたらと考えることもあります。実際同期でまだ在職いている者とは倍近い年収差になっているからです。特に子どもがまだ小さいうちに転職をしたので成長とともに給与が下がる状況になり家族に苦労をかけているという後ろめたさは大きいものがあります。
退職・転職活動のエピソード
退職直前は営業成績も芳しくなく、あれほど「辞めてしまえ!」的な発言を繰り返していた上司が、いざ退職願を申し出ると形式だけの引き留めを行い、それでも辞める意思を伝えると「そうか、そこまでお前が辞めたいなら仕方ない」と言ったのには驚きました。自分の管理責任を逃れるためならそこまでするかという印象で、軽い人間不信にもなりました。
これからの展望
長年の営業経験からコンサルティング力が養われたと思っているので、これをより一層活かして現在行っている就職支援業務を拡充していきたいと考えています。
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